沖縄県の特産品として「紅芋」を思い浮かべる方も多いと思いますが、中でも宮古島は、沖縄県よりかんしょ(紅芋)の拠点産地として認定され、生産農家・行政が一体となって産地力の強化に努めている地域です。そんな宮古島と紅芋は昔から深~いのつながりがあります。今回は、宮古島への芋伝来秘話から「芋の神様」として崇められる芋ヌ主御嶽の文化についても、深く掘り下げてご紹介していきます。
目次
1.宮古島の芋文化と「芋の神様」
2.宮古島における芋の伝来と農業の歴史
2-1 長真氏旨屋の物語
2-2 宮古島における芋の重要性
3.宮古島の芋祭り
4.紅芋の栽培と特徴
5.宮古島の紅芋と芋文化のまとめ
1. 宮古島の芋文化と「芋の神様」
宮古島には、特に芋にまつわる信仰として「芋ヌ主御嶽」と呼ばれる神聖な場所があります。芋ヌ主御嶽(んぬしゅううたき)は、宮古島市西仲宗根の保里地区に位置し、16世紀に芋の茎を中国から持ち帰ったとされる長真氏旨屋(ちょうしんうじしおく)を祀る御嶽(うたき)です。長真氏旨屋が持ち帰った芋は、台風や干ばつが頻発する宮古島の気候でも育つ作物として、あっという間に島民の主食となり、その後、長年にわたり人々を飢餓から救いました。長真氏旨屋の死後、人々は彼を「芋の神様」として崇め、芋ヌ主御嶽に祀りました。
芋ヌ主御嶽は、地元住民にとって単なる芋の神様ではなく、自然への感謝と繁栄を象徴する存在でもあります。宮古島の人々は、この芋の神様に豊作を願い、毎年収穫の時期になるとさまざまな祭りを開催して感謝を捧げてきました。この御嶽は、自然と共に生きる宮古島の文化を象徴するものであり、島の風土と結びついた独自の芋文化を支えてきたんですね(^-^)!
2. 宮古島における芋の伝来と農業の歴史
2-1 長真氏旨屋の物語
16世紀、宮古島の役人であった長真氏旨屋は、琉球王国(沖縄本島)からの帰りに暴風に遭い、中国の福建省へ漂流しました。その際、芋の栽培に関心を抱き、芋の茎を持ち帰りました。彼は帰国後、宮古島で芋の栽培を始め、島全体に広めました。これが、現在も続く宮古島の芋文化の始まりです。長真氏旨屋が芋の神様として祀られるようになったのは、彼がもたらした芋が島の人々にとって大切な存在になったことが大きく関係していたんですね(^-^)
2-2 宮古島における芋の重要性
芋は、宮古島の厳しい気候条件でもよく育ち、栄養価が高く、成長が早いことから、たちまち栽培が広まり、島民の主食となりました。宮古島の食糧問題を解決し、多くの命を救ったと言われています。食糧事情も良くなった今日では、主食としての役割は終えましたが、宮古島を代表する特産品としての需要の高まりを受け、現在、多くの紅芋農家により栽培されています。
※詳しいお芋の歴史はこちらの記事からどうぞ!
3.宮古島の芋祭り
宮古島では、かつて「芋プーイ」と呼ばれる豊作感謝祭が毎年あちらこちらの集落で行われていました。この行事は芋の豊作を神々に感謝する祭りで、地域の住民が一丸となって開催していたそうです。現在でも一部の集落ではこの伝統が受け継がれています。
毎年特定の時期に行われていますが、時期は各地域によって様々です。
ある集落では、毎年旧暦12月頃に行われ、集落の祭壇で、米、酒、水、芋ミキ(芋のお酒)、塩などを供えます。祈願の後は、輪になって歌を歌いながら芋ミキを飲む「サラピャース」という儀式が行われ、参加者全員で豊作を祝います。
芋プーイの内容
【参加者(計8名)】
女性神役(ツカサ、ユーザス、ツカサドゥム)
男性神役(サラヌシュー)
部落役員(ソームなど)
【手順】
①準備と祈願
祭壇には酒、水、芋ミキ、塩、洗い米、白米を供え、ユーザスが神様に案内を行います。その後、祈願の口上(ニガイフゥツ)を唱え、香炉に香を焚く。
②サラピャース(※)
参加者が輪になり、「サラピャースアーグ」というを歌をうたいながら芋ミキを飲む儀式を行う。
③終了の報告
最後に神様に祭りの終了を報告して締めくくる。
※サラピャース
①みんなで輪になって座り、みんなで「サラピャースアーグ」という歌の1番を歌う。
②歌が終わるとサラヌシューが芋ミキをツカサとユーザスに手渡し、2人は芋ミキを飲み、サラヌシューに返す。
③その後、みんなで歌の2番を歌い、サラヌシューは別の2名に芋ミキを手渡す。
④全員が芋ミキを飲むまで、繰り返す。
4. 紅芋の栽培と特徴
現在、紅芋は品種改良が進み、「ちゅら恋紅」や「沖夢紫」といった優良品種が主流です。さらに今後も続々と新品種の紅芋が登場予定ですので、乞うご期待下さい!
宮古島の土壌と気候は紅芋の栽培に最適!鮮やかな色彩と豊富な栄養価がぎゅーーーーと詰まっています(^-^)
紅芋の栄養価についてはこちらの記事からどうぞ!
5.宮古島の紅芋と芋文化のまとめ
宮古島の紅芋は、単なる特産品にとどまらず、長い歴史の中で島民の命を支え、文化として大切にされてきた存在です。芋ヌ主御嶽の「芋の神様」信仰と共に受け継がれるこの芋文化は、宮古島の自然や人々の生活に深く関係してきました。宮古島を訪れる際は、ぜひ美味しい紅芋を味わいながら、この歴史や文化に思いを馳せ、より深い観光体験を楽しんでみてくださいね (^▽^)!
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